大震災

11.4.27 BTI.No.121より

時のたつのは早いもので、あっという間に満開の桜も散り、木々の緑もそろそろ新緑が美しく映えるような今日この頃、皆様いかがお過ごしのことでしょうか。

自然の力

自然と言うものは驚くべき力を持っています。一瞬にして町を破壊してしまう力、その暴挙に打ちのめされた人々が忘れていた桜の開花を、当たり前にやってのける力を持っているのも自然でした。今回の震災で、私たち人間の無力さを思い知ったと同時に、それでもその自然に立ち向かおうとする人間の強さも痛感しました。いち早い復興を願っています。

外の奴らは「頑張れ」と言うな!!

世間では「ガンバレ東北!」などと言っていますが、頑張るべき人間は被害に遭っていない人間です。被災者でもない奴らが、被災者に対して「ガレバレ!!」なんて絶対に言うべきではないと言いたい。

よく言う話ですが鬱病の患者に一番言ってはいけない言葉は「頑張れ」です。頑張りすぎて、限界を越え、無力感を持って鬱を発症した人は世の中多いんです。それなのにその人にまた「頑張れ」って言えますか?

頑張るべき人間は誰なんだ!!

東北の被災者たちは家を失い、家族を失い、へとへとになってすでに1ヶ月以上頑張り続けている。みんながみんなそんな状態です。集団で鬱状態になっていると言っても過言ではないでしょう。あまりにも多くの人々が鬱状態なので、そのことに気が付いていないだけかもしれません。

頑張らなくちゃいけないのは被災していない人。被災地以外は自粛なんてしてはいけない。花見禁止ではなく、日本のすべての花見会場で、花見は一人1000円。会場では持ち込み禁止、売店にはすべて東北産の酒、肉、野菜などを置き、それを購入すべし。とかするべきでした。

国家の役割

国家とは何でしょう? 国家の最も大切な役割は「国民の命を守る」ことであり「国家の安寧秩序を守る」ことです。刑法犯が、被害者から裁かれるのではなく、国家(=検察)から裁かれるのは、犯罪者が、国家の最大の役割である「国民の命を守る」「国家の安寧秩序を守る」を犯している、つまり国家に対する犯罪だからです。

この未曾有の大災害に遭われた被災者たちを守らなければいけないのは国家です。ボランティアではありません。こんなとき国が右往左往してどうするんですか? さらに政権党内部でも露骨な首相批判。揚げ足を取って首相をおろすことばかり考えているアホな政治家たち。特に鳩山はどうしようもないクソです。

福島の友人は「立ち止まっている暇はない。前に進むしかない。こんなとき政府の批判ばかり取り、揚げ足をすくおうとするマスゴミは必要ない」と力説していました。同感です。

ボランティアって…

今はボランティアがかなり動いていますが、私は個人的にボランティアって嫌いなんです。

学校の授業をサボってボランティアに行く学生ってどう思います? ボランティアは、あくまでも奉仕なので出来ることをやればいいわけで、わざわざ授業を休むのは本末転倒ではないですか? 自分の事もまともに出来ないでボランティアなんて迷惑な話です。さらにボランティアで自分探しとか言っている若者。あなたたちは頭おかしいんです。

今回の東北地方太平洋沖地震において、阪神・淡路大震災等において駆けつけたボランティアが現地の「迷惑」であったとの書き込みがツイッターなどでなされ、ネットで拡散しました。阪神淡路大震災に遭った西宮市市議会議員I氏は、阪神・淡路大震災での被災体験をブログに掲載し、このように語っています。

ボランティアの連中は、観光気分で来たり、自分探しだの…、野次馬観光客です。何の役にも立ちません。…人から感謝されることを楽しみにやってきただけ。…被災していない人間に被災者の気持ちが分かるわけがない。…ボランティアは、被災者が食うべきものを食い、被災者が飲むべき水を飲み、被災者が寝るべきところで寝る。

要はプロに任せること。…被災地に必要なのは、プロだけです。自分のためではなく、部隊の指揮下で日本のために自分を犠牲にできる人だけが、ボランティア=義勇兵として現地入りすべきです。…それ以外の被災していない人たちは、それぞれのところで、一所懸命規律正しく働いて、税金を納めることこそ、ほんとうに被災していないみんながやるべきことです。

ボランティア集団の恐ろしさ

今回の震災では、ボランティアの方式も自治体によって違うようです。ある町(A方式)では、毎朝ボランティアの仕事内容・場所等が張り出され、自分の好きなところに好きな仕事に、日替わりで行くらしいです。またある町(B方式)では、3~5日間同じ場所、同じ仕事を継続する方式です。後者の方(B方式)が継続性もあってよさそうですよね。前者の方(A方式)は行き当たりばったりのようでどうなんでしょう。

A方式だとボランティア同士の結束は生まれません。何しろ毎日みんながあっち行ったりこっち行ったりなんですから。B方式だとボランティア仲間も出来、ボランティア後には一杯酒を、飲みニュケーションもばっちり、チームワークも良くなり、仕事も進むように見えますが、実際にボランティアに行った人の話を総合するとB方式の方が弊害というか深刻な問題を起こすようです。

B方式のせっかくの飲み会で、必ず誰かへの文句が出るそうです。「あいつはちゃんと働いていない!!」と…。そうして露骨ないじめが始まるらしいんです。また、ボランティアのリーダーみたい、というかリーダーになりたがる奴が出現してきて、ちゃんと働いていないという奴に、面と向かって文句を言うらしいのです。

「集団」って大嫌いなんですが…

そもそも集団と言うものは、リーダーになりたい奴が必ず出てきて、集団をまとめようとする。集団内で意思を統一しようとする。統一した意志に反する行動をとる構成員に対し、排除(村八分)する。さらに集団外とすぐ対立し敵対する。などなどがあって、私は昔から大嫌いでした。学校も嫌いでしたし、部活も嫌いでした。特に高校のブラスバンド部は最低でした。

くだらない話し合いはしょっちゅうで、こっちは話し合いより音楽を表現したかった。そして日本のブラスバンドのコンクール。音楽が好きな私から言わせると最低最悪、音楽の良さを捻じ曲げるものとしか思えないんです。音楽で優劣競ってどうするんですか? プロ奏者になりたいの? プロの管楽器奏者になるつもりなら、すぐブラスバンドはやめた方がいいです。音が悪くなりますので。

ドイツ語には ”musizieren” という言葉があります。日本語にすると「音楽する」という動詞ですが、こんな動詞、日本語にはありませんよね。このドイツ語に一番近い感覚は「音楽を演奏したり鑑賞したりして楽しんだり喜んだりする」という意味でしょう。

つまり、日本の音楽集団は楽しむことより統一することを重視し、ドイツなどの音楽集団は統一することより喜びを重視していると言えるでしょう。

希望の光を

横に話がそれましたが、今、日本がやるべきことは、国家として迅速に対応し、ボランティアなどといったものを期待するのではなく、人々に正当にお金を払い復興援助の手助けをしてもらうことです。

被災して仕事がなくなった方も多数いるでしょう。そういった被災者たちに、国家がお金を支払って復興の仕事をしてもらうことはいいことだと思います。お金が定期的に確実に手に入るようになると、人間は前向きになり、希望を見出すことが出来るようになります。そして、希望が大きくなればなるほど、「頑張るぞ」という意志を持てるようになります。

真の復興とは、被災者みずからが「頑張るぞ」という意志を持てるようになる、ということではないでしょうか。国は責任を持って、被災者たちに希望の光をともし、私たち国民は、自分の仕事をしっかりやって、前に進む。これが日本・日本人全員の責務であると思います。