教会の火事に想う

05.1.14 BTI.No.66より

新年明けましておめでとうございます。皆様方の今年1年が、いい年であることを心からお祈りします。

いろいろありました

BRAIN も7回目の正月を迎えました。いよいよ7回目の受験が始まります。

今年は昨年から続く異常気象。台風直撃、新潟中越地震、インドネシア沖地震、そして最後の雪の大晦日……。明らかに異常です。今年もどうなることやら……と、思っているとセンター試験を雪が直撃の予報。受験生には入試以前の試練です。

この先、推薦の高校入試、そして、2月1日からの中学入試、10日からの高校入試、3月まで続く大学入試など受験一色に迫る3学期ですが、受験生諸君には、自然の猛威に負けず、さらに風邪などひかぬよう万全の体制で臨んでもらいたいと思っています。
(ちなみに2005年度入試結果は こちら

横浜山手聖公会全焼

自然の脅威と戦わなければならない今年ですが、敵は自然だけではありません。人災が新年早々大切な建築物を破壊してしまいました。新聞報道風に

「1月4日午後6時10分ごろ、横浜市中区山手町の教会『横浜山手聖公会』から出火、鉄筋コンクリート造りの教会の内部が焼け、木造の屋根もほとんど焼け落ちた。牧師(55)が消火しようとして手にやけどを負った。山手署は出火原因を調べている。

調べでは、出火当時、教会の礼拝堂には人はいなかったという。同教会は横浜市認定歴史的建造物。初代教会は1863年、英国人が英国政府の援助を受け建設。1901年、現在地に移転した。23年の関東大震災で教会は倒壊。その後、米国の建築家、J・H・モーガンによって設計され1931年、現在の教会が完成した。北欧風のゴシック様式で、3階建ての塔を持ち、外壁には大谷石を使用。45年の横浜空襲では被害を受けたが、修復された。現場は、外国人墓地などのある横浜の観光名所。

付近の住民や信者らが集まり、消火活動を見守った。駆けつけた40年来の信者の女性(75)は「戦争で焼けて、一生懸命、みんなで直した教会。内部は木造なので、すべて焼け落ちたかもしれないが、また信徒で建て直したい」と目に涙をためて話した。」

金閣寺を思い出す

「あ~あ、教会が焼けちゃったか」で終わりそうな記事ですが、後でわかったことは、この教会の信者であった米国籍の若い男性による放火だったということでショック倍増です。一瞬、三島由紀夫の『金閣寺』を思い出してしまいました。金閣寺と教会では歴史も価値も違うでしょう。

金閣寺は室町3代将軍足利義満によって建てられた国宝、山手教会は昭和初頭の建物で、キリストの教会です。「教会なんて建て直せばいいじゃない」くらいのものですかね~。多くの日本人にとっては…。クリスマスで大騒ぎしてるくせに……

イギリス国教会=聖公会

横浜山手の教会はキリスト教でもイギリスから発生したイギリス国教会に属します。

1500年代ドイツのマルティン・ルターから始まった宗教改革によって、今までのキリスト教であるカトリックに反旗を翻したプロテスタント(プロテスト=抵抗する)教会が続々と結成されます。イギリスではこの宗教改革が起こる前から、国王ヘンリー8世によりカトリックからの分離が行われ1543年イギリス国教会が成立します。これは、今風に言えば、ヘンリー8世に愛人ができ、カトリックでは離婚を認めなかったので、カトリックをやめた、なんていうことが原因だったわけですが、この宗派が日本で言われる『聖公会』なわけです。

宣教師が作り上げたもの

明治期に日本の鎖国が解け入ってきたのはキリスト教の宣教師たちでした。ウィリアムズ司教という人が明治初期にアメリカから日本に来ます。彼は「五傍の掲示」において、キリスト教が邪宗扱いされ、禁止されている中、10年間も長崎において、聖書の日本語訳や教育書を通して、日本のために尽くそうと努力します。キリスト教が解禁され、彼はいよいよ東京に向かいます。

首都東京で彼が見たものは、多くの貧しく病に冒された日本人でした。教会を通して彼は教会の他の宣教師とともに慈善活動を始めます。築地に病院を建て(現在の聖路加国際病院)、そのころ誰もが見捨て、社会的に切り捨てられていたハンセン氏病(らい病…現在は「らい」という呼び名はありません)患者のための施設を全国に作り多くの日本人を救いました。

そして、この貧しい日本人を本当に救うためには教育が必要と考え、築地に学校を建てました(現在の立教大学)。富国強兵を旗印に掲げて進んでいた明治維新政府が見捨てていたことを、彼ら外国人宣教師が先頭に立って改革して行ったのです。

今は、避暑地として有名な軽井沢や清里なども、ウィリアム司教をはじめとする外国人宣教師たちが、荒れていた原野や古い宿場町を開拓したものです。この彼らがイギリス国教会、つまり聖公会の宣教師たちだったのです。当然ほかの宗派の外国人宣教師も同じように日本のために、ほとんど無償で尽くしてくれたんです。

ご恩返しのとき

最近は大変ですが、今の私たち日本人は経済的には恵まれているでしょう。冷暖房完備の家を持ち、車もあるよ。一人1個の携帯電話。休みになれば海外旅行…。しかし、こんな日本の礎を築いたのは、実はこれらの明治初頭の聖公会を初めとするキリスト教外国人宣教師たちの『無償の愛』だったのではないでしょうか。

こんなことを考えていると、山手聖公会が燃えたことを黙ってみているわけにはいかない気になってしまうのは私だけでしょうか? たとえ、信者が放火犯人であったとしても、だからこそ、病んでいるその信者を救い、教会を再興するために、いまわれわれが恩返しをするときではないでしょうか。

教会は建物ではありません。そこに集う人の「心」が教会なのです。お金でご恩返しは出来ないから、せめて気持ちだけでもご恩返しをしたい。初めて日本にやってきた明治期の宣教師たちの気持ちをわれわれ日本人が受け継ぐことが、彼らへのご恩返しになるのではと思う今日この頃の私です。