プロ野球再編

04.11.22 BTI.No.65より

今年も、木枯らし吹きすさぶ中、そろそろ冬の匂いが近づいている今日この頃、皆様いかがお過ごしのことでしょう。
今年の秋は大変でした。台風は日本列島を直撃し、地震も頻発する。いったい日本はどうなってるんでしょう。BTIも、久しぶりになってしまいました。夏期講習も無事終了し、社員研修で台風直撃の中、九州福岡県の太宰府天満宮にお参りに行ってまいりました。受験生諸君頑張って。

プロ野球再編

さて、BTIをお休みしている間、いろいろなことが起こりました。台風、地震、誘拐事件、いつものイラク、などなど……。少し古くはなりましたが、個人的にトップニュースはプロ野球再編でしす。

最近はスポーツもいろいろな選択肢が多く、私のように野球だけなどという人はあまり多くはないでしょうが、長嶋対村山、王対江夏の一騎打ちで少年時代を過ごしてきた私にとって今回の「事件」は大事件でした。

三人寄っても烏合の衆

それにしても、プロ野球の今回の議論には基本的なことが欠落してるように思われました。楽天が入って形は出来ましたが、まず、単純に言えば、オリックスと近鉄が経営が苦しくなってきたから、苦しいもの同士でくっついて乗り切ろうということですよね。私から言わせれば、それは、「勉強できないから一緒にやろうね」と勉強できないもの同士がくっついて勉強するのと変わりないように思えるのですが…。

「三人寄れば文殊の知恵」ということわざがありますが、それは、一生懸命将来に向かって考えているものが集まって、さらにいいものを作り上げる知恵が生まれてくることであって、努力をしない出来の悪いアホどもが何人集まっても出来が悪いのは変わらない、つまり「烏合の衆」だと思います。

球団は経営努力をしているのか

選手は選手です。野球に専念して、すばらしいプレーを見せることだけを考えればいいんではないでしょうか。では、オリックスと近鉄の選手はすばらしいプレーをしていないんですか? やってますよ、たくさん。開幕から10何連勝もした近鉄のピッチャー岩隈や、中村ノリ君もいます。オリックスだってやわらちゃんの夫の谷選手などなど。みんな彼らは必死にプレーしてます。選手にこれ以上何を求めるべきなんでしょうか。観客動員数を増やすために努力すべきは球団側ではないんですか? では、そのために球団はなにをやっていたか?

いい選手はみんな巨人に行ってしまう。阻止できなかったのは誰の責任。テレビは巨人ばっかり。阻止できなかったのは誰の責任。巨人が金を持っているから巨人を悪者にするだけで、オーナー会議でもナベツネに文句のひとつも言えないオーナーたち。オーナー会議はナベツネの鶴の一声で議論なんかありえない。そういった今までの球団の姿勢はどうなっている。そんな議論は棚に上げし、合併してことを済ませようとしている。

ジジイたちを野球界から追放しよう

無責任ですね。セリーグだって巨人がパリーグにいくなんていう話が出たとたん、態度が変わる。テレビ放映料が入らなくなるから慌ててるだけでしょう。考えなさいよ、お年寄りの素人さん。野球の「や」の字も知らないでオーナーだ、球団代表だなんて言ってる年寄りが、野球界を引っ張っていってるんですよ。無責任以外の何者でもありません。こんなジジイたちに野球界を切り盛りさせていいんですか?

古田選手たちは頑張りました、戦いました。ジジイが何もしないから、古田たち選手は睡眠もほとんどとらずに球界のために走り回っていました。「野球」界を真剣に考えていたのは、ジジイたちではなく、古田たち現役の選手だったということが日本中に知れ渡ったと思います。そして、忘れてはならないのは、「ファン」です。スト回避が出来たのもファンがいたからです。

今から約50年前、プロ野球はセリーグとパリーグに分裂しました。その翌年のセリーグは、今と同じことをしようとしていたのです。そのお話を……

広島カープ物語

昭和25年、日本のプロ野球が2リーグに分裂した年に新球団「広島カープ」が誕生しました。当時の入場料収入は勝ちチームが7割、負けチームが3割という分配率であったために2年目の昭和26年には弱体「広島カープ」球団の経営状態は深刻化していました。その上、セ・リーグへ支払う加盟金もたまっており「このまま加盟金を支払わないのなら加盟権を取り消す」という通知が来るありさま…。選手の給料も遅れ、2軍はついに解散という事態に追い込まれていきました。

この年の3月、カープのフロント、当時の社長の桧山袖四郎(広島県議会)、球団代表の河口豪(中国新聞社)、そして大平正芳(池田勇人大蔵大臣・カープ後援会会長の代理で後の総理大臣)の3人は東京のセ・リーグ事務所に呼び出されます。そこでのお話はセ・リーグ連盟の「カープいじめ」。「選手の給料は払えていないじゃないか」「大洋球団との合併を考えろ」「プロ野球は金のないものがやるものではない」

3人の報告を聞いて開かれた役員会では「身売り・解散やむなし」の結論に達しました。多くの企業に身売り話をしましたが、弱小球団のカープを引き継いでくれる企業はどこにもありません。そこで当時のセ・リーグの鈴木竜二会長が提案する大洋球団との合併案が進められることになりました。合併した場合、弱小球団カープから大洋ホエールズへ行ける選手はほとんどいません。合併は対等ではなく、吸収ということであり事実上のカープの解散を意味していました。

昭和26年3月14日。この日が広島カープ最後の日となるはずでした。ところが、極秘事項であった「合併の決定」が14日の夜7時のラジオニュースで報道されたのです。ラジオを聴いていた当時の石本秀一カープ監督は役員会に乗り込みます。
石本監督は大きな会社や行政を頼るのではなく小さな会社や町内会、商店街などを1軒1軒回って出資を募る「後援会」つくりを提案しました。役員会はこれを了承、カープ解散は撤回され「後援会作戦」にすべてを掛けることになったのです。

一方、ラジオ放送で「カープ解散」を知った多くの広島市民は市役所に、県庁に、商工会議所にあらゆる公の機関へ津波のように押し寄せました。「金なら俺たちが力になる」「カープを潰しちゃならん!」中国新聞社になだれ込んだファンは「我々の言うことを聞かないなら、活字をひっくり返すぞ!」と泣きながら脅したそうです。桧山社長は後にこの時のことをこう語っています。

「セ・リーグ連盟に呼び出されてボロクソに言われたのも腹が立ったが、私個人の事と思い我慢した。しかし広島市民の叫び、訴えを直接聞いたときには腹の底から故郷の人々のありがたさを感じた。政治家の端くれとして、何をおいても立たねばならぬ。県民・市民・カープファンのために。と誓う気持ちでいっぱいになった」。

当時カープ合宿所を営んでいた砂田さんは、自分の着物やオルガン、家具などを次々と売って、カープに全財産をはたきました。小学3年生だった男の子は「カープには金がない」という話を聞き、革のグラブを買うために貯金した200円をカープのために捧げました。戦争からの復員後貧しい中で暮らしていたのにカープのために食事を削って寄付した若者。勝手に後援会の支部を作り、会員を募り毎月会費を集め丁寧に帳簿に記入していた商店主さん…。みんな何も持たない中から仕事や商売を犠牲にし、小遣いを減らし、身銭を切ってカープに捧げたのです。

その翌日の3月15日、甲子園で行われる「セ・リーグトーナメント」に出場するカープナインは広島駅に集まっていました。しかし彼らは大阪までの切符も渡されていません。ベテランの長持選手が突然大声で言い出しました。
「旅費がないのならここから甲子園まで歩いていこう! 軍隊時代を考えれば出来ないはずはない! みんなワシについて来い!」
選手達はホームの名演説に共感しました。「そうだ! 歩いてでも行こう!」市民の情熱に支えられた選手達は意気揚々としていました。そこに飛び込んできたのが桧山社長です。自分の財布から選手たちの旅費の一部を捻出し、市民たちから集まったお金をまとめて選手たちに預けました。

「万歳!万歳!」の市民の声であふれた広島駅のホームから、選手達は大阪に向けて出発しました。選手達もファンも涙でお互いが見えなくなるまで手を振ったそうです。こうして、市民球団カープの「最初で最大の危機」は、ファンひとりひとりの力で乗り切ることが出来たのです。何かを守るために何かを犠牲にする。当時のカープファンは戦後の厳しい生活の中から愛するカープのためにそれぞれが犠牲を払いカープに尽くしました。
カープがそんなファンの期待に応え、初優勝を飾るのはチーム解散の危機から25年後の昭和50(1975)年でした。

歴史は繰り返す

感動的なお話です。でも、今年のプロ野球とまったく同じことの繰り返しですね。でも、違うことがあります。広島のときは、フロントも必死だったということです。歴史の勉強が足りないな~。経営の無責任はこれからも続くと思います。まあ、5億もの年棒をもらって、ほとんど故障している選手などが年棒を1億にしてもいい、とかいうと、さらにすごい改革になりますが…。

野球で老害を痛烈に感じたところ、またしても老害を感じさせることが起こりました。

ゆとり教育と戦おう

先月の新聞です。地動説を知らない小学生が多いということです。新聞では、毎年「大学生の学力低下」「分数計算の出来ない大学生」などと言っています。はっきりいうと、ちゃんと教えない教師がいけないんです。そして、「ゆとり」とかいってる国がいけないんです。教えもしないで、学力云々言うなよな…。

結局「ゆとり」と言われる時期に小学生だった生徒たちは、将来「あいつらは『ゆとり教育』という実験を受けて学力が低くなった連中だ」と指さされるようになってしまうわけです。現にBRAIN でもその悲惨さは現れています。これって国の無責任じゃないんですか。

老人率いる政府の無責任さで、この時期の若者の学力は極限まで下がります。さらに、この老人たちは平和憲法でさえ変えようとしています。どうしましょうか。勉強するしかありません。ほんと頭きちゃいます。

金と権力を持ってる老人の無責任さで、国民とくに若者はひどい目にあっています。そんなひどい目に遭わないようBRAIN の生徒もしっかり勉強してもらいたいものです。