2・26事件

01.2.11 BTI No.28より

春立つとは名ばかりの寒さの毎日ですが、皆様いかがお過ごしのことでしょう。
今年は例年より、寒さがこたえます。雪もかなり降っています。受験生の諸君も、決して雪に○○らないようにしてもらいたいものです。
昔は東京でも雪が多かったようです。私も、小学生の頃などは、よく雪合戦をして遊んだものでした。 その頃の私は、とても人間と言えるような代物ではなく、野生の猛獣のようだった、と母からも言われていました(ということは、うちの母は猛獣使いだったわけですね)。雪合戦の雪の中に石を詰め、みんなを血まみれにしたものです。あの頃は、開放的でよかったなあと思います(とんでもない!)。

大雪の東京

時を逆上ること65年。あのときの東京も大雪でした。
1936年2月26日。永田鉄山、東条英機を中心とする陸軍統制派と、荒木貞夫、真崎甚三郎を首領とし国家革新を唱える青年将校たちを抱え込んだ陸軍皇道派との対立が暴発したあの日。戦前において最も日本を震憾させた1日でした。

前年1935年9月。皇道派の心酔者で剣道の達人と言われた相沢三郎中佐が、海外(確か台湾だったのでは)赴任途上に、執務中の軍務局長永田鉄山少将を斬殺した、いわゆる「相沢事件」を起こしたことが直接の原因でした。

永田鉄山といえば「彼が生きていれば、太平洋戦争は変わっただろう」と言われるほどの天下の秀才であった統制派の中心人物で、あのA級戦犯として弾劾を受けた東条英機と覇を競っていた人物です。

相沢三郎中佐の軍法会議を巡って、統制派と皇道派の対立が激化し、ついに2月26日にはじけた。そんな2・26事件でした。

青年将校の決起

決起した皇道派の青年将校たちは、首相官邸・警視庁・朝日新聞社などを襲撃し、斎藤実内大臣・高橋是清蔵相・渡辺錠太郎教育総監等を殺害し、ついには天皇大権の一つである戒厳令が敷かれ、「日本を救うため」に決起した青年将校たちは、「反乱軍」として鎮圧、処刑されるという結末に至りました。

その結果、東条英機を中心とする統制派が陸軍の主流となり、無謀な太平洋戦争に突入していきました。

純粋な青年将校たち

その他にも、2・26事件にはいろいろな派閥抗争が裏にあったとは思うのですが、ただ、引っかかるのが、皇道派のボスである荒木貞夫、真崎甚三郎の態度です。「反乱軍」の指導者的立場にいた二人は、状況が不利になると風見鶏を決め込み、結局、青年将校たちを救おうとはしなかった!

青年将校たちは、本当に、その当時の日本の危機的状態を真剣に考えていました。ある青年将校は、自分の貧しい郷里の弟妹たちに「日本を変えて、たらふく米を食わせてやりたい」と語っていたということです。当時の青年たちは迷っていました。

金もなく、力もない青年たちは、自分の郷里の貧しい身内を救うため、つまり金を稼ぐために入隊し、 階級制度で固まっていた、いわゆる今で言う国家公務員一種試験に合格したキャリア組の集団である統制派ではなく、彼等青年たちの言葉を聞いてくれるような「ふり」をしていた荒木、真崎の指導している皇道派に身を投じたのでしょう。彼等の優しい心を利用したのが、自分が陸軍の中心になりたかっただけの、荒木やら、真崎だったのです。

私はこの事件については、余り詳しくないので間違っているかもしれませんが、彼等二人が、このような青年たちの、純粋な気持ちを踏みにじったのは事実であると確信しています。

いつの時代も「きれいごとの」大人たち

時は移り、現在、何かしら似たような時代の流れがあるようです。定職に就くことができない青年たち。世の中では、彼等を「フリーター」と呼んでいます。私は、ただの「無職」と呼ぶべきだと思いますが、その他、いろいろな事件を引き起こす少年たち。彼等も迷っていると思います。

それに対して周りの大人たちはどうでしょう。優しそうな声で、さも物分かりのいい大人なんだとばかりに声をかけている。つまり「君たちの自由だ」とか「子供の人権を守る」だとか……。が、結局、大人たちは少年法の改正を進め、少年たちを厳しく取締まろうとしています。

2・26事件の青年将校たちと、今の子供たち。甘い汁を吸わせた大人が最後に裏切る。周りの大人、そして国家自体が「ゆとり教育」だとか言ってないで、若者たちに、毅然とした態度で「ここがいけない」とか「こうするべきだ」とか言うべきではないでしょうか。

65年前の渋谷宇田川町の想い

何か愚痴めいたことを言ってしまいました。すみませんでした。

そういえば、今の若者の中心地といえば渋谷です。渋谷に行くと凄い格好をした若者たちが、物を食べながら、携帯電話を片手に大声で歩き回っています。

65年前、この渋谷宇田川町の陸軍刑務所において、青年将校たちは銃殺刑に処せられました。歴史の皮肉とでも言うのでしょうか。ひっそりとたたずんでいるその青年将校たちの碑は、今の若者をどう見ているのでしょう。

同じ過ちを繰り返さないよう、努力することが私たち大人の責務であると思います。