桜咲く

00.4.8 BTI No.18より

いよいよ桜花らんまんの季節となりました。
今まで受験勉強で苦労していた生徒たちもその努力が実り、入学式を迎えることができました。本当におめでとうございます。この先、楽しいことも多いと思いますが、苦労することも多いと思います。是非、いろいろな局面で力を発揮することができるよう頑張ってもらいたいものです。

9月から新年度?

そういえば、ひと頃、諸外国とあわせて、学校の1年度を9月からスタートしようという話がありました。留学生や、海外勤務の多い家庭には向いているお話ですが…。

厳しい冬

桜は、秋になると葉を落とし、木全体が寂しくなります。そして、一見枯れ木のような状態で厳しい冬を迎えます。しかし、その間も木は春になって美しい花を咲かせるために力を貯えています。寒さが厳しければ厳しいほど美しい花を咲かせるそうです。

そして4月。今まで貯えた力を一気にはなって、美しく、力強い花を咲かせることができます。

受験生の冬だって

受験生も同じではないでしょうか。
秋からやっと本腰が入り(本当はもう少し早く本腰が入ると嬉しいのですが)、寒い冬になって必死さが表れ、そして最後に、あの寒さの中凍えながら、朝早く試験会場に向かい、今まで貯めていた力を発揮する。「合格」の2文字を獲得するために。そして4月、希望にあふれて新天地に進むことになるわけです。

2月の入試は、寒くて、風邪もはやるし、いいことないとも思いますが、この試練を乗り越えるからこそ、合格したときの喜びも大きいのではないでしょうか。

自然を愛することの出来る日本人

我々日本人、そして、お隣の韓国や、中国の人々は、昔から自然の中で、自然を愛し、楽しむことができる民族でした。欧米人にとっては石灯篭の苔なんて、ただの薄汚れた存在でしかなく、苔を落として、ペンキを塗るなんて当り前のことでした。

やはり、日本の教育年度も、この自然の一部として明治政府も捉えていたのではないでしょうか。近代国家を作るために、ヨーロッパの制度を政治から教育に至るまで、あらゆる物を吸収しようとした明治の偉人たちも、古来からの日本の教育年度を変えることには抵抗があったのではないでしょうか。

当たり前のことを言おう

夏目漱石の「吾輩は猫である」は名作だ、とか、べ一トーヴェンの「運命」は名曲だ、とか、「富士山は美しい」、さらに「吉永小百合は美しい」(個人的には、鰐淵晴子や岩下志麻の方が好きだけど…古過ぎ)、さらに「うちの女房はかわいい」(と言っておこう)などと当り前のことをいうのは、なかなか恥ずかしいものです。

大宰治も当り前のことをいうのが恥ずかしく「富士には月見草が似合う」と「富嶽百景」の中で書きました。
受験生たちの努力が実ったこの4月、当り前のことをお祝いの意味を込めて、正直に言いましょう。

「入学式には桜が似合う」