久々の佐野画伯通信 (なんと12年9ヶ月ぶり!)

16.3.1 BTI.No.135より

BRAIN には授業終了後、毎日のようにBRAIN で始発まで酒を飲み、始発に乗ったのに家に着くのが昼過ぎてしまうという不良教師がいました。その名は只野酔払。しかし、その真の姿は西洋画家の佐野画伯だったのです。
彼はもう10年以上なりましょうか、東京を去り福島県へと旅立っていったのです。現在かの地で「佐野塾」を主宰し、今でも酒臭い息を生徒たちに撒き散らしているということです。その佐野先生から昨年10月に届いた佐野塾通信”LIBERO ”No.89を皆さんにお伝えします。
ここには、酔っ払うと大変真面目な人間になってしまう私のことが書かれています。いつも適当男と思ったら大間違いです。

東京に行ってきました

学生時代、先輩からよく言い聞かされたことがあります。「酒を美味しく飲みたいなら、よほど気心の知れた人と飲む以外、政治と宗教とプロ野球の話はタブーだ!トラブルのもとだからな。」と。今回そのタブーを一部破ってみます。ここは飲み屋じゃないし(笑)。

さて、もうひと月以上前になりますが、9年ぶりに東京へ行ってきました。塾の教え子、力君の結婚披露宴に呼ばれたのです。実は、彼の父上は私の前職場の塾長です。毎年4月中旬、喜多方ラーメンを食べて三春の滝桜を見に、教え子を連れて必ずここに泊まりに来ます。

宴会始まる

式の前日、塾長はわざわざ国見まで車で迎えに来てくれました。まず、夕方6時頃「じょーもぴあ」こと宮畑遺跡の案内人でもある縄文文化研究家ジョバンニ氏(LIBERO-NO.79に登場)を迎えに福島市の街中へ行ってから東北道へ入り、南下します。

周囲の景色は暗くてわかりませんが、白河の関を抜けると標識には懐かしい関東の地名が次々に現れ、興奮してきます。埼玉県と東京都の境を流れる荒川を越え、しばらくした頃でした。「あれ何だかわかりますか?」左手を見ると、妖しげな細長い棒状の光。「おっ、あれが東京スカイツリー?」「正解!」

土曜の晩にもかかわらず車の流れはスムーズで、夜9時過ぎには東京三鷹の塾長の秘密基地に到着。前祝いの宴会は9時半からスタート。塾長、ジョバンニ氏、私の中年男3名に、塾長の教え子の青年2名で合計5名。

もし外国が日本を攻めてきたら

懐かしい話題満載で次第に盛り上がり、話題は安保法制反対デモから憲法へ。青年の1人がある不安を口にしました。「もし外国が日本を攻めてきたら・・・?」アベヨンしんちゃん政権の支持率が下がらない謎を解くカギは、この問いにありそうです。

「日本がアメリカの言いなりになって攻撃を仕掛けない限り、それはない。石油も出ないし強い一神教もない、こんな国を攻める理由がない。」そう口にしようと思ったその時でした。塾長が驚くべき説明をしたのです。

塾長語る

「そう質問してくる人があまりに多いのだが、そういう問いの立て方自体が間違いなのだ。前文に始まり103条にかけて一文も無駄のない完成度を誇る日本国憲法。ここに書かれていることは『他国から絶対に攻め込まれない国になれ!』と読むのが正しい。では、他国から絶対に攻め込まれない国とは何か?それは、戦争する可能性ゼロを前提に世界中から信頼される国だ。万が一、日本を攻めようとする国が出てきたとしよう。だが、そんな国はまず国際社会が絶対に許さない。『国際社会からそれだけ信頼される国を作りなさい!』と日本国憲法は言っているのさ。」

憲法の専門家からも聞いたことがない、魂が揺さぶられるような説明・・・ついに現憲法の本質に辿り着いたような気がしました。最後は、昔感動した懐かしいウルトラセブン最終回のDVD鑑賞で宴会を締めくくり、気がつくと朝の4時。それから眠りにつきました。

披露宴の終わりに

翌日の披露宴の最後、少なくとも200人はいたであろう出席者の前で、彼は新郎の父親として衝撃のスピーチをします。
まず、前夜皆で憲法について語ったことを述べ、「私は、自衛隊は違憲だと思っています。」と話を切り出したのです。

これには、さすがの私も酔いがさめました。場内は静まり返り、ホテルの従業員は直立不動。そして、前日述べた憲法解釈を再度披露した上で、最後にこう結ぶのです。「だから、新郎新婦は人から信頼される人間になってもらいたい!」場内は割れんばかりの拍手。

自衛隊違憲論

「自衛隊は違憲。」久々に耳にしました。あれは高3の政治経済の授業・・・当時、同級生の間では「やはり自衛隊は違憲ではないか?」という意見が合憲派を圧倒していたのを思い出します。複雑な心境でした。

「憲法をいくら読んでも、自衛隊が合憲とはどうしても読み取れない。前文にも9条にも自衛の文字はないし、むしろ自衛さえ放棄しているようにも読める。しかし、自衛隊には恩義がある。幼い頃あれだけお世話になった人の職業を違憲とするのは抵抗がある。どうすればいいのか?」

私は、夏暑くて有名な埼玉県熊谷市で生まれ育ちました。ここは航空自衛隊の基地があり、自衛隊は身近な存在です。父も熊谷基地勤務の自衛官で、その後宮城県の松島基地に配属されました。小学校時代の私は自衛官のO先生が開いた道場に毎週末通い、柔道に打ち込んでいました。道場では、武田信玄風林火山なども暗唱させられました。先生は柔道を通じて現憲法の奥義「丸腰といへども負けず柔(やはら)道」を伝えたかったのだろうと今では思っています。

政府見解

しばらくして「自衛隊は違憲ではない」というのが政府見解であることを知りました。自衛権(たとえ憲法に書かれていなくても、攻め込まれたら反撃できる権限)なら認めてもよかろうという論理です。当時、そんな見解があることに気持ちが少し楽になったことは確かです。

でも、矛盾するようですが、大学進学後選挙権を得てから今まで、私は自民党には1度も投票せずにきました。恩を仇で返してきたのではありません。自民党が自主憲法制定を党の目標の1つに掲げていることを知り、この党を選挙で大勝させることに危険性を感じたからです。

自衛隊が外国軍と戦闘する確率をゼロに近づける。これこそ、私の少年時代隊員が戦争体験者で占められていた自衛隊の恩義に報いる道だと判断したのです。

護憲

にもかかわらず、第3次(=大惨事)アベ内閣という危険度レベル3の政権が始動してしまいました。何が危険かって?それは、彼らが日本国憲法を「押しつけ憲法」「恥ずかしい憲法」などと愚弄し憎悪する態度です。

戦後築いた価値を次々に破壊している昨今の下劣さは、自らをあの戦争指導者の後継者だと宣言したに等しく、自民党はついに極右勢力に乗っ取られたと理解するのが正しいでしょう。

そんな状況下、護憲の論理に力を与えてくれた中原塾長を誇らしく思います。戦争体験者の遺志を受け継ぐには、現実に合わせて憲法を変えるのではなく、現実を憲法の理念に合わせる努力こそ正しい道だと確信しました。

 

ほら、私も多少はまともなんです。
ただ息子の結婚式の後、酔っ払って3時間ほど行方不明になってことに翌朝気づきましたが…