誤った戦後教育

11.1.15 BTI.No.119より

新年明けましておめでとうございます。皆様方の今年1年が、いい年であることを心からお祈りします。BRAIN も12回目の正月を迎えました。いよいよ12回目の受験が始まります。

まず15・16日は大学センター試験。この2日だけでも合格が出ます。生徒も必死で問題に立ち向かってくれるでしょう。雪が直撃かもしれません。こんなことには負けずに平常心。頑張って行きましょう。さらに一週間後の22日には高校の推薦入試、そして、2月1日からの中学入試、10日からの高校入試、3月まで続く大学入試など受験一色に迫る3学期ですが、受験生諸君には、自然の猛威に負けず、さらに風邪などひかぬよう万全の体制で臨んでもらいたいと思っています。

「銃」って大嫌いなんです

さて日本国内受験で盛り上がっている中、アメリカではまたとんでもない事件です。銃乱射により、議員を含めた大量の殺傷事件です。

まあ先日のアメリカの乱射事件は「また低脳アメリカ人がやってくれたか」程度でしたが、「銃」問題といえば、2009年末の韓国の事件を思い出します。とにかくあの事件には頭来ました。「韓国射撃場火災事件」です。ぶちきれるほどの強烈猛烈激烈な怒りを感じました。昔はグァムに行ったアホな日本人観光客が、よく射撃場で実弾をぶっ放して喜んでいたのですが、韓国でもやっていたんですね。

「銃」は「人殺し」の道具

「銃」は人を殺すことを目的に作られたものです。銃殺された死体を見たことありますか? 悲惨なものです。散弾銃の死体は、身体のあちこちに穴が開いて、そこから血が噴出しているんです。ライフルだと、弾に回転がかかるので、接射の場合は射入口(弾の入り口)は点みたいでも、射出口は直径10cm以上に広がって内臓も飛び出してしまいます。見られたものじゃありません。

昔は「銃」なんて「組」のおじさんたちが主流でしたが、最近は一般人までが…。そんな人を殺すための武器をわざわざ他国に出て行ってまでやりたいんですか? 射殺体を見たら銃なんて使えません。正気の沙汰ではそんなことは出来ません。

悲惨な太平洋戦争

日本も65年前には戦争がありました。東京大空襲は、アメリカ軍が事前に上空から東京下町に油をまき、燃えやすいようにしてから、焼夷弾を落としたのです。あたり一面火の海になったのは当たり前、逃げ惑う人々は、火を避けようと川へ飛び込み、川は死体であふれあがったんです。

広島・長崎の原爆はさらにひどかった。一瞬にして蒸発してしまった人もいる。残ったのは石段の影だけ…。融けた皮膚をだらっとたらしてさ迷い歩く人々。即死しないでも何十年も原爆症に蝕まれ苦しみ続けた人たち…。

綺麗ごと言うな!!

戦争というものは、軍人だけではなく、ただの市民であっても他国の人間たちをたくさん殺した方が勝ちなんです。綺麗ごとなんかありません。「間違って病院を爆撃してしまった」などと言うのは綺麗ごと。結果的には軍人でも、民間人でもどんどん殺して、戦争遂行能力・意欲を失わせた方が勝ちなんですよ。まさにチャップリンの言う「人を一人殺したら殺人、大量に殺せば英雄」が戦争の姿です。

そんな戦争に勝つために軍人たちに与えられたのが「銃」です。人を殺すためだけに生まれたもの、それが「銃」なんです。それをおもしろおかしく「撃ちたいから韓国行こうぜ」ですか? まったく理解できないことです。

いつものアホなクソマスコミ

韓国の射撃場で火災が起こってマスコミはどんなこと言ってましたっけ? 「消火できない密集地」「責任は誰が」「韓国大統領は知らなかった」「市長謝る」こんなことばっかり。どのマスコミも、新聞の社説だって「銃を撃ちに行くなんてとんでもない」とは言わないじゃないか!!!

反日の韓国の反応はどうですか? 戦時中日本兵に散々苦しめられて反日になったくせに、自衛隊問題やら、靖国問題では騒ぐくせに、戦争に直結する「銃」の使用について、射撃場について、その射撃場は日本人ばかりが来ることについて、誰が「銃で遊んでる奴らなんて死んで当然」とか言わないんですかね。つまり彼らは、自分の国にお金を落としてくれるなら、戦争の準備したってニコニコなんですね。

戦後教育の過ち

死んだ人たちの文句を言うのは悪いとは思いますが、思いっきり文句を言います。

あのグループは長崎県の中学の同窓会らしいじゃないですか。戦争で、悲惨な原爆を落とされたあの長崎県の人たちだったなんて信じられません。戦争も体験せずに、原爆のことも知らずに平和に生きてきた人たちなのでしょうか。やっぱり日本の戦後教育は完全に間違っていたんですね。戦争教育をしなければ。

だいたい私は「平和」という言葉が大嫌いです。なぜなら「平和」じゃないから「平和」という言葉があるんです。全世界がまったくいさかいもなく、幸せに暮らしていける世の中なら誰も「平和だなー」なんて言わないでしょう。「戦争」はおこる、差列される、生活はまともに出来ない。こんな人たちが外国には山のようにいるから「日本て平和だなー」と、平和でない国に対して優越感を持って言っているだけじゃないですか。

極端な日本人

日本人は極端なんです。戦前はみんなで「愛国心」やら「お国のために命をささげる」だとか「天皇陛下万歳」だとか「米英鬼畜」だとか言ってたくせに、戦後になるとどうですか? 「愛国心」などと言おうものなら「右翼」だ「国粋主義者」などと言われるありさま。戦争で負けたらいっぺんで価値観が180度変わるんです。

アメリカにだってへいこらしているだけ。戦後の農地改革で、農地を細分化され、農業は小規模零細にさせられた挙句、小麦をアメリカから無理矢理輸入させられ、小中学校の給食はその小麦で作ったパンばっかり食わせられ、おかげで米離れをおこし、減反政策まっしぐら。結果食料自給率は40%程度。

日本の農作物の輸出なんて聞いたことありません。工業製品は輸出中心なのに、なんで農業は輸入ばっかりなわけ? 日本の農業は国際競争力なんてゼロになってしまいました。誰のせいだ!!! なんでアメリカに負けたからって、何でもかんでもアメリカの言いなりなんだ。この変わりようといったら…。

大阪離婚話もつれ居酒屋乱射事件

あー新年早々切れてしまっいました。さらに去年の1月には「大阪居酒屋乱射事件」。離婚話のもつれで猟銃乱射でしたね。離婚なんか勝手にすりゃいいじゃないか。いちいち猟銃持ち出されたらまともに結婚なんて出来ません。夫婦喧嘩のたびに猟銃じゃね。

だいたい許可した奴がいけないんじゃないですか。日本は秀吉の刀狩令以来、武士以外は刀や鉄砲を持っちゃいけないんです。ちなみに最近の日本は武士がいないので、誰も武器を持っちゃいけないんです。持てる人は許可をもらった人だけ。と言うことは、銃で事件が起こったら、許可した奴、つまり国家公安委員会がいけないのであります。

したがって、国家公安委員会のバカヤローどもを皆で責め立てて、死んだ人の遺族はその許可を出した国家公安委員会のクソヤローどもに徹底的に損害賠償、慰謝料を請求すればいい。そうやってめちゃくちゃ国民が暴れたら、許可を出す人間だって慎重になるでしょう。書類がそろっていればよい、なんていう認可はいけないんです。

そういえば、秀吉の刀狩令は、廃止になったんでしたっけ? 刀狩令廃止法案なんていつあったんですか? イギリスじゃ1215年のマグナカルタだってまだ存続しているんですから…。

「平和」

新年早々とんでもない話になってしまいましたが、新年を迎え本当に大切なことは、本当に「平和」な世の中を作ることです。そうです、「平和」はBRAIN の生徒たち双肩にかかっているのです。そのためにも、まず次の受験をしっかり乗り切っていきましょう。

あと少しでも、まだまだ時間はある。気合を込めて受験勉強に力を注いでください。さらに合格を達成できたならば、将来に向かって黙々と力を蓄え、その蓄えた力を発揮できるように頑張っていきましょう。そして誰もがみんな、「平和」という言葉を忘れることができるような本当に「平和」な世の中にしていきましょう。