大学改革案 No.2

02.12.16 BTI.No.52より

前回の反響があまり私の耳に入らなかったので、私としてはつまらなかったです。そこで、もっと過激にせめていきたいと思います。
前回は、大学は勉強したい人間が行けといいましたが、今回は、「研究の場としての大学以外は不要」というテーマで話したいと思います。

大学法学部解体案

まず、私が通っていた某大学の法学部です。具体的に、このように解体します。

① 将来、法律を研究する人だけ…大学存続。
② 司法試験を受験し、法曹界に入りたい人…大学の必要なし。
③ その他…当然大学行かんでよし。

③はほっといて、②です。司法試験を目指す場合、大学の授業ではお話にならないということが結論です。たとえば憲法を勉強するのに、大学で1年、2年の長い時間をかけて勉強する必要がないと思います。司法試験で必要なのは、憲法の運営を具体的に学ぶことではないでしょうか。とはいえ、憲法自体を知らないと何にもなりませんから、項目を2つに分けて学習します。

第一段階

一つ目は憲法の構造、構成、意義、条文成立の意義・意味などを歴史的見地を踏まえ学ぶ。これは理論的憲法学でしょう。3ヶ月はかかります。

そして二つ目が憲法の運営・運用です。日常、憲法問題が論議されるところは裁判所の法廷においてでしょう。過去の裁判事例(判例・裁判の進め方)をもとに具体的事件について研究し、最良の運営運用を学習することです。実践的憲法学とでもいいましょうか。それが6ヶ月。

こういう風に司法試験に必要な法律科目を短期間で徹底的に勉強します。しかも大学ではなく、司法試験専門学校で行えばいいわけです。

この段階では一般教養などやる必要はありません。英語、第二外国語、体育、関係ない自然科学の講義など全く必要ないわけです。とにかく、法律漬けにして必死で2年間勉強させればいいんです。これで第一段階終了。そして、司法試験を受けさせる。

第二段階

合格したらこのあと、裁判所・検察庁・法律事務所などに週3日通い実践演習。そして、これが大事だと思うのですが、残りの3日は人間の幅を広げ、大きくするために、さらに2年間(4年ぐらいでもいいと思いますが)一般教養の授業、英語やら自然科学分野などをとことん学習させる。そして、最後の本試験で合格した人が、司法研修所に通い、腕を磨き、法曹界へ。

専門学校でいいじゃない

現状は、司法試験受験者のほとんどは、大学に通いながら、司法試験のための予備校に通っているわけですよ。いわば、ダブルスクールですね。これこそ、金と時間の無駄です。

大学の1年間の専門科目の授業など、司法試験予備校だと、せいぜい3・4ヶ月ぐらいです。彼らにとって、大学は何なのでしょうか。司法試験生に大学はいらないわけですよ。実際は。ロースクールって言ったってどうなんだか。

各学部においても同じです。音大なんかもそうですね。専門学校で十分。文学部はどうなるの? 解体です。文学研究者にならないなら大学行く必要なんいないでしょう。

こんな具合で、本当に大学が必要に人間はどのくらいいるでしょうか。大学というものは「学問」を研究するところですよ。そこを今の日本は忘れているんです!!

よく学び、よく遊べ

ドイツでは12歳で将来の選択をしなければなりません。大学行くか、そうでないか。そのために必要なことは、初等教育の充実です。「よく遊び、よく学べ」これが、初等教育の原点ではなかったではないでしょうか。そこには「ゆとり」という言葉があるわけないだろーーーー。

新聞によると、日本の腐った文部官僚の作ったくだらない教育政策のおかげで、5年生になっても円周率3.14、直径10cmの円の面積の正解率が50%程度しかいかないわけです。

「子供が座ってるな、歩く必要などない。常に、走っていろ!!」これで十分です。こうして、他者ともみ合い、その中で自分を見つけることができ、12歳で将来の第一歩を選択することができるわけです。

日本は甘い。甘すぎる。と私は思います。